「なんだかめまいがひどくなってる。
耳石が戻ろうとして、うろうろしてるんだろうな。」


良性発作性頭位めまい症との診断が出て、
よほど嬉しかったのだろう。

はりきってリハビリを始めた妻が一週間ほどして、
自分に言い聞かせるようにそう言った。

私も妻の言うように、身体が変わっていく経過での
症状なのだろうと考え、気にも止めていなかったのである。

しかしそれが一向に治まる気配がないらしい。

本人に言わせれば
「むしろ日に日に強くなる。」とのこと。

そして一ケ月後に病院に行くと、

〝新しくできた病院に移ることになりまして・・・〟
と妻を担当してくれた女性医師が言った。

聞けば移る先は、その病院の目と鼻の先である。
〝もし、なんでしたらそちらにお越しいただいても・・・〟
と言われて、私たちもその医師についてそちらに移ることにした。


そこは耳鼻科専門のクリニックということであった。


しかし、受診してみると、

・・・カルテのデータが向こうの病院にあるので、
  次回までに向こうに行って確認しておきます。

・・・こちらでは精密が検査ができないので・・・

話を聞けば、彼女が以前所属していた大学附属病院と
何らかの関係はあるようなのだが、
どうもレスポンスが悪そうな気配である。

移動したばかりで忙しいのであろう。
患者の数も多く、いちいち一人ずつの患者を覚えていることが
できないのも理解はできる・・・でも。


そして、二回目の受診。

〝一応、向こうの主任の先生に引き継いでおきました・・・〟

そんな身も蓋もないことを言われて、私たちは結局彼女が
もと在籍していた大学附属病院に移ることに決めた。

本年4月、連休直前のことであった。


「今年で32回目だよね。」
「えっ、なんの話・・・?」
「今日、結婚記念日だよ。」

スナップ8

携帯が鳴ったのは私が最寄りの駅に着いた直後でした。

チカちゃんからの着信は絶妙なタイミング。
地下鉄が駅のホームに滑り込んだ瞬間でした。

チカちゃんの一言で私は絶句。

その日のことを完全に失念していたのです。

確かに言われてみれば、そのとおり。

〝でも・・・
それどころじゃなかったじゃなかったよね。
去年って、どうしてたんだっけか・・・?

つらつらと思い返してみると・・・〝そうだっ、検査入院っ!〟

あれから一年経つんだ・・・


感慨に浸っている場合ではありません。
慌てて時計を覗き込むと、
時計の針は既に20時40分を回っています。

何をするにも、たぶん手遅れ・・・

ふ~っと鼻から息を抜く音が聞こえたのか
チカちゃんが言いました。

「聞こえてますか・・・?
麻婆豆腐がいいな。あと、ワインでも飲まない?」

「・・・でも、それでいいの?」

〝それなら間に合うっ!
まだ駅前のスーパーやってるし・・・
なんなら、この前好評だった青椒肉絲もいっちゃおかっ〟

私はビジネバッグを襷掛けにして改札を抜けた。